女優としても日本舞踊家としても大活躍中の藤間爽子さん。
現在は三代目家元藤間紫としての一面もあり、由緒あるお家柄に生まれたことはよく知られているかと思いますが、
今回はその藤間爽子さんのお家柄について家系図を調べました。
藤間爽子の家系図が凄い!香川照之とも関係が!
藤間爽子さんの家系図がこちらです。
藤間爽子さんは舞踊家宗家の血を引き、ご家族全員が芸能関係者という由緒あるお家柄でことが分かります。
また、俳優の香川照之さんと藤間爽子さんは叔父と姪の関係にあたります。
ですが、香川照之さんの父である二代目市川猿翁さんは浜木綿子さんと結婚してすぐに藤間紫さんとのW不倫の末、再婚しています。このことが要因で香川照之さんと二代目市川猿翁さんは長年絶縁状態であると同時に藤間爽子さんとの関係性も複雑であることが分かります。
香川照之さんが九代目市川中車を襲名し、歌舞伎界入りを果たしたことで和解したと話題になりましたが、藤間爽子さんが三代目藤間紫を襲名した際、香川照之さんはコメント等を寄せることはありませんでした。
藤間爽子の家族も凄い!祖父母も父母も芸能一家で兄はジャニーズ?
先程ご紹介した家系図を見ても分かるように藤間爽子さんだけでなく、そのご家族も歴史に名を残すような錚々たる面々であることはよく知られていますが、藤間爽子さんのご家族についても以下にまとめてみました。
藤間爽子の祖父は2世藤間勘祖(6世藤間勘十郎)
爽子さんの祖父である二世藤間勘祖さん(本名:藤間秀雄)は藤間流宗家の舞踊家で六世藤間勘十郎としての顔も持っていることが分かりました。1960年には重要無形文化財保持者に各個認定されており、人間国宝として知られています。
藤間爽子の祖母が初代藤間紫
初代藤間紫さん(本名:喜熨斗 綾子)は爽子さんの祖母にあたります。
紫派藤間流家元・初代藤間紫として名を馳せていた日本舞踊家であり、女優としてもご活躍されていました。
1944年、21歳の時に勘十郎から「紫」の名を貰い若くして名取となります。
藤間爽子の父親は元俳優・藤間文彦で現プロデューサー
藤間文彦さんは1969年に劇団浪曼劇場の研究生となり、テレビドラマ『おんなの劇場』の一遍「堀川波の鼓」で、主人公の弟・文六役でデビューを果たします。
テレビドラマを中心に活動していましたが、俳優の第一線から退いて、三代目市川猿之助さんの事務所であるおもだかの社長となります。
藤間爽子の母親:元女優・島村佳江
島村佳江さんは1976年にATGの映画『金閣寺』で女優デビューを果たします。
また、劇団昴に所属していた経歴があり、文芸映画での硬質な雰囲気の役柄から明るく活発な役柄まで幅広くこなしていたようです。
後に藤間紫さんの長男で、元俳優・現プロデューサーの藤間文彦さんとご結婚されています。
藤間爽子の兄は初世藤間翔で元ジャニーズの藤間貴彦!
藤間貴彦さんは藤間爽子さんの兄にあたり、2021年には初代藤間翔に改名しています。
また、ジャニーズ事務所のジャニーズJr.に所属し、ユニット「Tops」のメンバーとして活動していた経歴があります。
藤間爽子が3代目藤間紫(ふじまむらさき)を襲名!
藤間爽子さんは2021年に2月に三代目藤間紫を襲名し、日本舞踊の紫派藤間流家元を受け継いでいます。
2022年1月には東京・国立劇場で三代目藤間紫襲名披露公演『紫派藤間流舞踊会』を開催しました。
また、家元になってからの生活の変化についてや意気込みを以下のように答えています。
「生活は特に変わらないですが、名前が変わったものですから。最初は周りのみなさんが“戸惑う”じゃないですけど、『爽子さん』から『三代目』というふうに(呼び名が)変わったので、不思議な感じでした。1年たってみると、なんとなく自分の中でその名前(三代目藤間紫)が『自分のことか』と結びついてきたような気がします」
「まだ『まとめる』というほどの力や技量があるわけではないですが、本当にみなさんが支えてくださっているおかげで成り立っているのを常に感じています。襲名した以上、責任感をもって家元のお仕事もがんばっていきたいと思います」
まとめ
今回は藤間爽子さんの家系図やお家柄についてまとめてみました。
祖母には初代藤間紫さん、祖父には人間国宝である二世藤間勘祖さんという芸能一家で育ったことが改めて分かりました。
三代目藤間紫を襲名した爽子さんは日本舞踊の魅力が若者にも伝わってほしいと、映像作品『地水火風空 そして、踊』などで新たな試みも行っています。